ふつうの自分とか今とか、新しい自分とか、いつもと違う自分って言ったって、しょせん自分はひとりしかいないではないですか。 ファッション誌にいつもと違う自分の演出みたいなことばが並んでいるけれど、いつもの自分じゃないみたいな素敵な自分とかおしゃれする気分で変身とか。結局それも自分なわけだけれど、これは誰というそのだれというイメージっていうのは誰が決めるのか? やっぱり自分の外見とか印象をコントロールするのは自分ではあっても、それをどう受け取るかはひと、他人なわけです。そして自分のなかで、ほんとうは私はこんなひとと思っているだけではだめで、それを外にあらわして、他者にわかっていただかなくてはならないわけです。そうすると、まず第一印象を判断するのは服装とか趣味とかセンスとかみだしなみなわけで、それがひとの印象を一番左右する外皮なんですね。ファッションはひと。ひとの皮なんです。一番最初に見える。 だからそれさえ着替えればあたかも中身までが変わったかのように受け取られるし変身できればそうふるまっていい許可を外から与えられることになります。ワイルドな活発な女性の恰好していれば、ハイヒールで闊歩できるし、ひきずった古着で選択を一度もしていないようなダメージ服であればそういう印象になる。だれもが自分のカテゴリーをわかっていて、それにふさわしい衣装をまとっているのだと思います。 結婚指輪も。
バッグも も持ち物を入れるための袋ではなく、持ってファッションの一部というステイタスのアイテムになっているし、靴も歩くためのということを超越して歩きづらくともかっこよく足を長く見せるための道具になっている。どんどん進化してからだの一部になって、身体の一部なのかそれとも歩行を制限してしまうのかどこへいくのだろう。 指輪ももちろん必要な機能とは無関係に婚約指輪には大きなダイヤモンドがくっつく。 工房の職人 募集
車はもはや走るための足ではないし、キャンドルも灯りをともすための照明ではない。 車は動くオブジェのような、デザイン性やステイタスをもって受けとめられているし、キャンドルもその明るさ以上に灯す意味、その雰囲気、火と炎のインテリアとしても、精神性をともなったものとして受け入れられている。 デザインとか、意味とか付加価値が必須。
お仕事と とはなんだろう オーダーメイドとはなんだろう。その場にいて仕事になる職種もあれば成果をだしてはじめて成り立つ職種もあるだろうけれど。
指輪の号数を知るにはまず指輪のためのサイズゲージを使って指の太さを知ることから始まります